DEFCON 1
正樹と久美が初めて言葉を交わしたのは、翌朝の食事の配給時だった。
明るくなってみると、飛行機の窓から見て思っていた通り、空港の敷地外は完全に熱帯のジャングル(気候的にはサバンナ、サバナになるかもしれない)しか見えない。
首都ボゴタから南へ数百キロは離れているだろうか?
この辺りはコロンビアでも代表的な過疎地域のはずであり、これだけ設備の整った空港は、数えるほどしかないはずである。
もしかしたら予想より遥かに首都に近いのかも、だとしたら、案外運が良いかも知れない。
などと楽観的な気分に浸っていた正樹だったが、その朝、せっかく並んでいたのに、何故か配給の際にパスポートを掲示するように指示されたのだ。
面倒臭さ半分、意味のわからない(わかりたくもない)軍人達の横柄な指示に対する苛立ち半分で、みんな嫌々ながらも忙しく自分達の荷物をひっくり返していた。
そんな中で1人だけ、パスポートを手にしているにも関わらず、列に並ぼうとせず立ち尽くす若い東洋人女性がいた。
機内にいた時から、もしかしたら日本人かもしれないとは思っていたが、正樹は彼女のパスポートにある“菊の御紋”を見るまで、確信が持てずにいたのだ。
「あの、並ばないんですか?」
柔らかい、どこか線の細い印象を与える優しい微笑みと、暗めの、栗色というのだろうか? シャワーを浴びたばかりで僅かに湿り気の残る髪を後ろにまとめて、薄手の白いサマーセーターと淡い桜色シャツ。それからジーンズにナイキのスニーカー。使い込まれたヒップバッグに飲料水のペットボトル。印象的な薄い茶色の縁取りのある黒い大きな瞳、そして化粧気が無いにもかかわらず、ほんのりと紅い唇。
一瞬かなり驚いた顔をしていた彼女も、本当は心細かったのだろう。正樹のパスポートを一瞥すると笑顔を返して来た。